#27:他人と自分の感情を分けて捉えます~2 自分がしたいことをする

こんばんは。

 

ゴールデンウィーク連休2日目ですが、カレンダー上は平日。

全国的に晴天に恵まれた日でした。皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。

 勤務日の方もいらっしゃったことと思います。おつかれさまでした。

 

本日、「他人と自分の感情を分けて捉えます。」と投稿したことに関連した感情に気づきました。

 

私の母方の家族は8人兄妹でしたが、兄妹仲がとてもよく、お互いに助け合っていました。仲の良い兄妹の姿を見ていた私は、叔父や叔母の存在を家族と同様にとても近くに感じていました。時と共に私の母を含めて鬼籍に入り、今は81歳と75歳のふたりの姉妹が存命です。

81歳の叔母が近くの高齢者住宅に独り暮らしをしていて、私は、時折顔を見に立ち寄ります。私がその叔母を訪問する度に、「あら、ありがとう。きっとあなたのお母さんが言い残してくれたから私に親切にしてくれるのね。お母さんのお陰だわ。」と話してくれます。

叔母には残念な事かもしれませんが、私は母から叔母の世話をするように「遺言」を預かっていませんが、叔母の目から見ると姉である私の母の姿を感じているのかもしれません。私自身も、母が生きていたら叔母に対してするであろうことを私が代わりに精一杯しなくてはならない、と思う時もありました。

 

母の他界から時間が過ぎていき、私自身が「母の代わり」になったつもりで誰かを支援し続ける事に違和感を感じてきました。時間をかけて、私の想いを素直に表現できるペースで叔母に会う事にしていきました。

本日、叔母の好きなお茶菓子を手土産に寄ったところ、叔母は左足にケガをしていて、急ぎ病院に連れていきました。化膿しているようで心配しましたが、結果としては大事なく安堵して、叔母を住まいに送りました。不思議な事に、叔母からは「あなたのお母さんのお陰。」という言葉は聞かれませんでした。

 

私の叔母に対する感謝と好きな気持ちを素直に無理なく表現することが「自分がしたいこと」でした。それはゆっくりと時間をかけて伝わったように思います。

誰かの想いの肩代わりではなく、自分の想いを捉えて伝えることの大切さに気が付いた日でした。

 

健やかな一日をお過ごしください。

では、また。